設計が終わったあと、「これで良いのか」をどう判断するか。数値を眺めて感触で決めるのではなく、要求を規格線として引いて、機械的に判定するのが確実です。
3種類しかない
整合回路まわりで引く規格線は、実質的に3種類です。
| 規格 | 対象 | 向き | 意味 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 整合 | `\ | S11\ | ` | 上限 | この帯域で、これ以上反射しないこと |
| 挿入損失 | `\ | S21\ | ` | 下限 | この帯域で、これ以上損なわないこと |
| 阻止 | `\ | S21\ | ` | 上限 | この帯域は、ここまで落とすこと |
どれも「ある周波数範囲で、ある dB 値を超えない/下回らない」という同じ形をしています。範囲と値と向きの3つを決めれば規格が1本引けます。
|S11| と |S21| の両方に規格が要るのは、片方だけでは足りないからです。リターンロスだけを見ていると、電力を熱にしている回路を合格させてしまいます。
実際に判定してみる
前回作った回路を判定します。200 Ω を 50 Ω に整合させ、並列 C をトラップに置き換えて 2 GHz にノッチを立てたものです。
規格はこう置きます。
規格1 |S11| ≤ −15 dB @ 0.9 〜 1.1 GHz
規格2 |S21| ≥ −1 dB @ 0.9 〜 1.1 GHz
規格3 |S21| ≤ −30 dB @ 1.8 〜 2.2 GHz結果です。
| 規格 | 最悪点 | 判定 |
|---|---|---|
| 1 | −13.04 dB @ 1.100 GHz | 不合格 |
| 2 | −0.22 dB @ 1.100 GHz | 合格 |
| 3 | −19.27 dB @ 1.800 GHz | 不合格 |
3つのうち2つに落ちました。 設計周波数だけを見ていれば完璧な回路です。1 GHz では |Γ| が 1e−16、2 GHz のノッチは計算上 −240 dB。それでも規格には通りません。
なぜ落ちたのか
理由は2つとも「帯域の端」です。
規格1 は 1.1 GHz で落ちています。整合は f0 で完璧ですが、Q が決めた帯域が ±10 % に足りていません。
規格3 はもっと極端です。ノッチは 2.0 GHz で無限に深いのに、−30 dB を実際に満たすのは、
1.932 〜 2.081 GHz(幅 149 MHz)だけです。規格が要求している阻止帯域は 400 MHz 幅なので、まったく足りていません。
これが前回書いた「深いノッチほど鋭い」という話の正体です。中心の深さと、帯域の広さは別の量で、規格が問うのは後者です。ノッチの深さを −240 dB から −300 dB にしても、この規格には一歩も近づきません。
対策は深さではなく幅を稼ぐ方向になります。共振素子を2つに分けて共振周波数をずらす、阻止帯域を見直す、といった打ち手です。
「範囲外」は合格ではない
規格線を実装するときに、地味ですが重要な判断があります。掃引範囲に規格の帯域が含まれていないとき、どう扱うか。
素直に「違反した点が1つもないから合格」としてしまうと、危険なことが起きます。掃引を 0.9 〜 1.1 GHz に絞っている状態で、1.8 〜 2.2 GHz の阻止規格は判定されないまま「合格」と表示されます。
正しくは 「判定不能」 です。合格でも不合格でもなく、判定するためのデータが無い。
掃引範囲に規格帯域が含まれない → 「合格」ではなく「判定不能」これは設計ツールが黙って嘘をつかないための線引きです。人間は緑色の表示を見ると安心してしまうので、評価していないものを緑にしてはいけません。
同じ理由で、2段整合の記事に書いた「掃引範囲を設計帯域の 2 〜 3 倍まで広げる」という習慣が効いてきます。狭い掃引は、見えていないものを見えていないと教えてくれません。
規格線の引き方
実務で規格を決めるときの順序です。
- 要求から引く。設計結果から引かない。 設計を見てから「このくらいなら通るだろう」と引いた線は、判定の役に立ちません
- 帯域の端まで含める。 中心周波数の値は判定に使いません。最悪点だけが意味を持ちます
- 余裕を持たせる。 部品公差・温度・実装ばらつきの分を、規格の側に織り込んでおきます
- 阻止帯域は実際の妨害源から決める。 「第2高調波だから 2 GHz」ではなく、送信機の出力スペクトラムや規制値から逆算します
とくに1番目です。設計を見てから線を引くと、必ず通ります。 それは判定ではなく追認です。
手を動かす
規格線は、応答と重ねて見られるとかなり効きます。
|S11| の上限、|S21| の下限と上限を、それぞれ帯域と dB 値を指定して引けます。合否は色分けで表示され、掃引範囲に規格帯域が入っていないときは、合格ではなく判定不能として扱われます。数値表示を合否だけに絞ってあるのも、規格を満たしているかどうかが判断の本体だからです。