Malus RF Works

技術ノート

整合は S11 だけの問題ではない — リターンロスが隠すもの

整合回路を評価するとき、まずリターンロスを見る方が多いと思います。「−15 dB 以下なら合格」といった規格もよく使われます。しかしリターンロスだけでは、回路が電力をどれだけ通しているかは分かりません

無損失なら、反射しなかった分は通る

まず素直な場合から確認します。回路に損失がなければ、入った電力は反射するか通過するかのどちらかです。

|S21|² = 1 − |S11|²

反射しなかった分は全部通る、という当たり前の関係です。この場合に限れば、リターンロスを見れば通過量も分かります。−15 dB なら |Γ| = 0.178 なので、通過分は 1 − 0.0316 = 96.8 %。リターンロスだけ見ていても困りません。

前回までに設計した L 型整合(200 Ω → 50 Ω、並列 C 1.3783 pF・直列 L 13.783 nH)で確認すると、

|Γ|   ≈ 0
|S21| = 0.000 dB

完全に整合し、電力は全部通ります。この関係が成り立つのは、回路が無損失のときだけです。

抵抗が1つ入るとどうなるか

同じ回路に、直列抵抗 8 Ω を1つ足してみます。配線抵抗やインダクタの実効直列抵抗(ESR)だと思ってください。

Zin  = 58.00 − j0.00 Ω
|Γ|  = 0.0741   →  リターンロス 22.6 dB
|S21| = −0.669 dB

リターンロス 22.6 dB。 規格が「−15 dB 以下」なら余裕で合格です。この数字だけ見れば、良い整合が取れている回路に見えます。

ところが |S21|−0.669 dB。電力の 14 % が失われています。内訳を並べると差が見えます。

1 − \Γ\²(反射しなかった割合)0.9945
\S21\²(実際に通った割合)0.8573
差(熱になった分)0.1372

反射していないのに、通ってもいない。 差分の 13.7 % は抵抗の中で熱に変わっています。リターンロスはこの損失を一切報告しません。

リターンロスは良いのに S21 が下がっている0-10-20-300.711.3|S11| 直列 R = 8 Ω|S21| 直列 R = 8 Ω|S21| 損失なし周波数 (× f0)dB
設計周波数で |S11| は深く落ちるのに、|S21| は損失なしの線(灰の破線)に届かない。差が熱になった分。

理由は単純で、抵抗は反射も吸収もするからです。整合回路に損失があると、入力インピーダンスは目標に近づく方向に「見かけ上」改善することすらあります。極端な例を出せば分かりやすいはずです。

極端な例 — 抵抗だけの「整合回路」

50 Ω の電源と 50 Ω の負荷の間に、直列 50 Ω の抵抗を1つ入れます。

Zin  = 100 Ω
|Γ|  = 1/3     →  リターンロス 9.54 dB
|S21| = 2/3    →  −3.52 dB

リターンロス 9.54 dB は良くはありませんが、破滅的でもありません。しかし通過は −3.52 dB、つまり電力の半分以上を捨てています

もっと言えば、十分に大きな抵抗を電源側に直列で入れれば、リターンロスはいくらでも改善できます。反射が減るのは、戻ってくる波が抵抗で吸われるからで、整合が良くなったからではありません。

これが「リターンロスだけを追い込む」ことの危うさです。S11 は反射の指標であって、効率の指標ではありません。

どちらを見るべきか

用途によって、見るべき量は変わります。

  • 送信機の出力段 — 効率が直結するので |S21| あるいは損失そのもの。反射は素子の耐圧やアイソレータの負担として別途効く
  • 受信機の入力段 — 損失がそのまま雑音指数に乗るので、やはり損失が主役
  • 測定系・ケーブル — 反射が定在波を作って測定を乱すので、|S11| が主役
  • フィルタ — 通過帯域では |S21|、阻止帯域では減衰量。|S11| はリップルの目安

多くの場面で、設計の目的関数は S21 側にあります。 S11 は「そこそこ良ければよい」制約条件であることのほうが多いくらいです。

実務での見分け方

損失があるかどうかは、次の関係が崩れているかで判定できます。

|S21|² < 1 − |S11|²   →  どこかで熱になっている

シミュレーションでも実測でも、この2つを並べて確認するのが確実です。差が想定より大きければ、原因は限られます。

  • インダクタの Q が足りない(ESR が効いている)
  • 基板材の誘電正接が大きい
  • ビアや接続部の抵抗
  • 導体損(表皮効果。周波数の平方根で増える)

周波数依存の形を見ると原因の見当がつきます。 周波数に対してほぼ一定なら直流的な抵抗、平方根で増えていれば導体損、周波数に比例して増えていれば誘電損が疑わしい、という順序です。

手を動かす

S11 と S21 を並べて見られると、この関係はすぐに確認できます。

Smith Match — 整合回路デザイナー

特性表示で |S11||S21| を並べて描くようにしてあるのは、まさにこの理由です。整合回路に直列 R を足すと、チャート上の点は中心に近づくのに |S21| は下がっていくという挙動がそのまま観察できます。片方だけを見ていると気づけない種類の失敗です。

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