整合回路を設計するとき、負荷をどうモデル化するかは意外と結果を左右します。とくに 「R + jX 一定」という置き方は便利ですが、物理的ではありません。単一周波数の設計なら問題になりませんが、帯域を見た瞬間に嘘をつきます。
「R + jX 一定」とは何を仮定しているか
負荷が 50 − j50 Ω だとします。これを「周波数によらず 50 − j50 である」と置くのが R + jX 一定のモデルです。
しかし現実に −j50 のリアクタンスを作っているのは、コンデンサかそれに類する何かです。コンデンサのリアクタンスは周波数に反比例します。
X_C = −1 / (ωC)周波数が半分になればリアクタンスは2倍になり、2倍になれば半分になります。周波数によらず一定でいられる純リアクタンスは存在しません。
つまり R + jX 一定は「その周波数でのスナップショット」であって、周波数特性としては物理的に成り立たないモデルです。
どれくらい違うのか
同じ設定で比べてみます。1 GHz で 50 − j50 Ω になる負荷を2通りにモデル化します。
- モデルA — R + jX 一定。全周波数で
50 − j50 - モデルB — R と C の直列。
R = 50 Ω、C = 3.1831 pF
1 GHz では両者は完全に同一のインピーダンスです。区別はできません。
これを直列 L で整合させます。−j50 を打ち消すので L = 7.9577 nH。設計周波数ではどちらも完全に整合します。
周波数を振ると、こうなります。
| 周波数 | モデルA(R + jX 一定) | モデルB(R-C 直列) |
|---|---|---|
| 0.70 × f0 | 0.1483 | 0.3423 |
| 0.85 × f0 | 0.0748 | 0.1611 |
| 1.00 × f0 | 0.0000 | 0.0000 |
| 1.15 × f0 | 0.0748 | 0.1389 |
| 1.30 × f0 | 0.1483 | 0.2565 |
|S11| が −15 dB を下回る比帯域で見ると、
モデルA(R + jX 一定) 72.3 %
モデルB(R-C 直列) 36.1 %倍の差です。非物理なモデルを使うと、帯域が実際の2倍あるように見えます。
なぜ倍も違うのか
理由は、リアクタンスが動く向きにあります。整合後の合計リアクタンスを書き下すと差がはっきりします。
モデルA: X(f) = ωL − 50 = 50 (f/f0 − 1)
モデルB: X(f) = ωL − 1/(ωC) = 50 (f/f0 − f0/f)モデルAでは、動くのはインダクタだけです。負荷側の −50 は固定なので、ずれはインダクタの分しか増えません。
モデルBでは、インダクタが増える方向に、コンデンサは減る方向に動きます。打ち消し合っていた2つが両側から離れていくので、ずれは倍の速さで開きます。0.7 × f0 で計算すると、
モデルA: 50 × (0.7 − 1) = −15.0 Ω
モデルB: 50 × (0.7 − 1.4286) = −36.4 Ωこれが帯域の差になって表れます。物理的な負荷のほうが、整合は早く崩れます。
どちらを使うべきか
用途で切り分けられます。
- 単一周波数の設計 — R + jX 一定でよい。その周波数の値さえ合っていれば結果は同じ
- 帯域を評価する — 使ってはいけない。上のとおり結果が甘く出る
- 測定データがある — それをそのまま使うのが最善。モデル化の議論自体が要らなくなる
実務では3番目が理想です。デバイスメーカーが S パラメータを配布していれば、モデルを推測する必要はありません。モデル化が要るのは、データが無いときの代用だと考えるのが健全です。
モデルの選び方
データが無く、モデルを立てるしかないときは、リアクタンスがどこから来ているかで選びます。
| リアクタンスの出どころ | 適したモデル |
|---|---|
| 接合容量、パッド容量 | R-C 直列 または R-C 並列 |
| ボンディングワイヤ、リード | R-L 直列 |
| 容量性の負荷を抵抗が並列に見ている | R-C 並列 |
直列か並列かは、周波数を上げたときにどちらへ向かうかで見分けられます。R-C 直列は高周波でリアクタンスが消えて R に近づきます。R-C 並列は高周波でインピーダンス全体が小さくなり、原点へ向かいます。2点以上の測定値があれば、どちらのモデルが合うかは判別できます。
甘い見積もりは後で効く
この種の誤差が厄介なのは、設計段階では何も間違って見えないところです。設計周波数の値は正しく、整合も完璧に取れています。問題が出るのは試作して帯域を測ったときで、そこで初めて「シミュレーションより狭い」と気づきます。
帯域が想定より狭いとき、疑うべき順序があります。
- 負荷モデルが非物理ではないか(今回の話)
- Q が高すぎないか(L 型整合の記事)
- 素子の寄生成分が効いていないか
1番目は計算上の問題なので、試作前に潰せます。 潰しておかないと、2番目・3番目を疑って実物をいじり続けることになります。
手を動かす
負荷モデルを切り替えて比べられると、この差はすぐ確認できます。
負荷モデルとして R + jX 一定のほか、R-L / R-C の直列・並列を選べるようにしてあります。R + jX 一定を選んだときに「周波数特性が物理的ではない」と注意書きを出しているのは、まさに今回の理由からです。同じ設計のままモデルだけ切り替えると、掃引の形が変わるのが見えます。