スミスチャートの中心は 50 Ω である、と覚えている方は多いと思います。半分正しく、半分は思い込みです。正確には 中心はチャートの正規化インピーダンス Z0 であって、整合の目標とは別の概念です。
教科書の例題はたいてい 50 Ω 系で 50 Ω に合わせるので、この2つが一致してしまい、区別が見えなくなっています。実務で困り始めるのは、一致しなくなったときです。
2つの「50 Ω」は別物
区別すべきものは次の2つです。
- Z0(チャート基準) — 目盛りを描くための正規化インピーダンス。等抵抗円が「1」を通る位置を決めているだけ
- Zt(目標インピーダンス) — Zin が到達すべき相手。ここに来たら整合完了
Z0 は見え方の設定で、Zt は設計の目的です。Z0 を 50 から 75 に変えても回路は何も変わりません。目盛りが描き替わるだけです。一方 Zt を変えれば、必要な素子値が変わります。
一致しない場面は珍しくない
Z0 ≠ Zt になる場面は、実際にはよくあります。
- 測定系は 50 Ω、対象は 75 Ω — 映像系の機器やアンテナ系
- パワーアンプの出力整合 — トランジスタが最大の電力や効率を出す負荷は 50 Ω ではなく、ロードプルで決まる別の複素インピーダンス
- 段間整合 — 前段の出力と後段の入力を合わせる。どちらも 50 Ω である理由はない
とくに2つ目が重要です。PA の設計では「50 Ω に合わせる」ことはむしろ稀で、デバイスが要求する最適負荷に合わせます。それでも測定と表示は 50 Ω 系のままなので、チャートは 50 Ω 正規化のまま、目標だけが別の点にあるという状況になります。
なおロードプルで得た最適負荷は特定の周波数での値なので、帯域を評価するなら負荷のモデル化にも注意が要ります。
目標が複素数のとき
Zt が実数なら話は単純ですが、複素数になると反射係数の定義に注意が要ります。素朴に
Γ = (Z − Zt) / (Z + Zt)と書くと、Zt が複素数のときに具合が悪くなります。受動回路でも |Γ| > 1 になり得て、反射係数としての意味が壊れます。
正しくは電力波で定義します。
Γt = (Z − Zt) / (Z + conj(Zt))分母だけ共役を取るのがポイントです。これなら Z = Zt でちょうどゼロになり、Zt が実数なら見慣れた式に戻ります。
共役整合との関係
電源インピーダンス Zs から最大の電力を取り出す条件は、負荷を Zs の複素共役 にすることです。
Zin = conj(Zs)これが共役整合です。リアクタンス分が打ち消し合って、抵抗分だけが残る状態と考えると腑に落ちます。
教科書では、電源 Zs を基準にした反射係数がこう書かれます。
Γ = (Z − conj(Zs)) / (Z + Zs)先ほどの式と形が違って見えますが、目標を Zt = conj(Zs) と置けば完全に同じ式です。代入すれば分母は Z + conj(conj(Zs)) = Z + Zs になります。
Zs = 25 + j40 のとき、Zt = 25 − j40 と置く
→ Γt = (Z − Zt)/(Z + conj(Zt)) は
教科書の (Z − conj(Zs))/(Z + Zs) と一致するつまり 「電源インピーダンスを指定する」か「到達すべきインピーダンスを指定する」かの違いでしかありません。設計中に見たいのは後者 — Zin をどこへ持っていくか — なので、目標を直接指定するほうが素直です。
中心に来ない整合
Z0 と Zt が違うと、整合が取れてもチャートの中心には来ません。
たとえば 200 Ω の負荷を 75 Ω に合わせる場合。L 型で計算すれば、
Q = √(200/75 − 1) ≈ 1.2910から素子値が決まり、Zin はきっちり 75 Ω になります。しかしチャートを 50 Ω 正規化のまま見ていると、
|Γ| = (75 − 50) / (75 + 50) = 0.2中心から 0.2 だけ離れた点に着地します。これは設計の失敗ではありません。50 Ω 系で見れば 75 Ω は反射がある、というだけの話です。
ここで「中心に来ていないから整合できていない」と判断してしまうのが、Z0 と Zt を混同したときの典型的な失敗です。見るべきは中心からの距離ではなく、目標からの距離になります。
表示をどう読むか
Zt が中心にない状態で VSWR やリターンロスを見るときは、どちらを基準にした値なのかを意識する必要があります。
- チャート中心(Z0)基準の
|Γ|— 測定系から見た反射。ケーブルや測定器に対して意味がある - 目標(Zt)基準の
|Γt|— 設計目的に対する達成度
PA の出力整合なら、後者が設計の合否です。前者は 0 になりようがありません。両方を同時に見られると混乱しないので、設計ツールはそう作るべきだと考えています。
手を動かす
この区別は、実際に別々に設定できると腹落ちします。
このツールは チャート基準 Z0 と目標 Zt を独立に持ちます。50 Ω 正規化のチャートのまま、目標を 75 Ω や 25 − j40 に設定して設計できます。目標が中心から外れた位置に印として描かれ、整合の達成度はその点からの距離で判定されます。
初期状態で目標をあえて中心から外した値にしてあるのも、この2つが別物だと最初に分かるようにするためです。